2025.09.01

次世代 EV 開発を加速する電磁界解析-CST Studio Suite の解析事例

自動車業界では環境意識の高まりと技術革新の進展に伴い、次世代 EV(電気自動車)の開発が積極的に推進されています。

次世代 EV は高性能な電動パワートレイン、急速充電・長距離走行、そして SDV(Software Defined Vehicle)といった先進的な技術が特長である一方、これらの革新的な技術の実用化には、電磁ノイズ干渉、人体への影響、EMC(電磁両立性)規格の拡大といった、新たな課題の克服が必要となります。

本記事は、次世代 EVに求められる技術と実用化に向けた課題、そしてその解決策としての電磁界解析の有効性について、電磁界解析ソフトウェアCST Studio Suiteを活用した解析事例を交えて詳しく解説します。

次世代EVに求められる要件・今後採用が期待される技術

次世代 EV の開発における特に重要な要素として、以下の 3 つが挙げられます:

1. 高効率・レアアースフリーな電動パワートレイン

従来の電気自動車用モータには、高性能を得るためにレアアース(希土類)の一種であるネオジムなどが使用されてきました。しかしレアアースは価格変動や供給不安リスクが高いことから、コスト低減と地政学的リスク回避の観点から、レアアースを使用しない高性能・高効率な EV モータの開発が活発化しています。

モータの小型化と高出力化には、モータの高回転化が不可欠です。近年では20,000rpm や 30,000rpm といった高回転モータも実用化されていますが、高回転化に伴う鉄損の増加が課題となります。この鉄損を低減するために、モータコアにアモルファス合金を使用する技術が注目されています。アモルファス合金は、従来の電磁鋼板に比べて鉄損を 1/10 以下に抑制することが可能です。

また、同期モータで使用されるネオジム磁石の代替として、磁石フリーモータの開発も進められています。巻線界磁式同期モータは、磁石を使用しないモータの一つの選択肢となります。

2. 急速充電・長距離走行

EV の普及を加速するためには、充電時間の短縮と航続距離の延長が重要な課題です。急速充電を実現するための技術として、全固体電池の採用や、バッテリーの高電圧化が挙げられます。現在の EV では、400V や 800V の電源システムが一般的ですが、さらなる充電時間の短縮に向けて、1,000V 級の高電圧電源システムの研究開発も進められています。

また、航続距離を延長するための手段として、走行中ワイヤレス給電システムの導入が検討されています。走行中ワイヤレス給電は、道路に埋設された送電コイルと車両に搭載された受電コイルの間で、非接触で電力を伝送する技術です。これにより、走行中に充電を行うことが可能になり、航続距離の延長に貢献します。

3. SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)

SDV は、ソフトウェアによって車両の機能や性能を定義・制御する新しいコンセプトの車両です。SDV では、パワートレイン、ボディ、シャーシ、自動運転などの車両のあらゆる領域を、ソフトウェアによって統合的に制御します。

SDV を実現するためには、車両全体の情報を集約、制御を行う統合 ECU(Electronic Control Unit)が不可欠です。統合 ECU はクラウドと連携して車両データを送受信し、ソフトウェアのアップデートを行う必要があるため、高速・広帯域の無線通信システムが求められます。

次世代EV技術 実用化に向けた課題

次世代 EV 技術の実用化には、以下の 3 つの主要な課題を克服する必要があります:

1. 低周波電磁ノイズ干渉による車載機器への影響

EV の電動パワートレインを構成するモータやインバータは、電磁ノイズを発生します。インバータは、バッテリーからの直流の電気を交流に変換してモータを駆動する装置であり、スイッチング動作によって比較的低周波の電磁ノイズを発生させます。

この低周波の電磁ノイズは、AM ラジオなど低周波の電波を使用する車載機器に干渉し、電波受信時にノイズの発生を引き起こす可能性があります。実際に、テスラや BMW などの欧米メーカーの EV では、AM ラジオが搭載されていない車種が増加しています。この問題を重視したアメリカでは、新車に AM ラジオ機能の搭載を義務付ける法案が提出され、審議されています。

2. 周囲漏洩磁界による人体への影響

走行中ワイヤレス給電システムは、送電コイルと受電コイルの間で電力を伝送する際に、周囲漏洩磁界(しゅういろうえいじかい)を発生させます。この漏洩磁界が人体に悪影響を及ぼす可能性が懸念されています。

走行中ワイヤレス給電システムでは、79kHz~90kHz の周波数を持つ電力が、送受電コイル間で非接触で送受信されます。コイルや電力変換器から発生する漏洩磁界が人体に曝露されると、健康に悪影響を及ぼす可能性があります。

電磁界の生体安全性については、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が「人体防護に関するガイドライン」を制定しており、各国で法規制が進められています。日本においても、総務省の電波防護指針で、WHO が推奨する ICNIRP のガイドラインに従い、使用周波数ごとに示された数値以下に抑えることが求められています。

3. 車載機器 EMC 規格の対象範囲の拡大

SDV に代表される次世代 EV では、高性能なプロセッサや高速無線通信システムが搭載されます。これらの機器は、動作周波数が数 GHz に及ぶ高周波の電磁ノイズを発生させる可能性があります。

また、SDV がクラウドと連携して車両データの送受信やソフトウェアアップデートを行うためには、高速・広帯域の無線通信が不可欠です。携帯電話や無線 LAN などの無線通信システムの使用周波数も高周波化しており、車載機器はより広い周波数範囲の電磁ノイズに対応する必要があります。

このような背景から、車載機器の EMC 規格である CISPR 25 では、試験規格の対象範囲が従来の 150kHz~2,500MHz から 150kHz~5,925MHz に拡大されました。

次世代EV技術 実用化に向けた課題への解決策

前述の課題を解決し、次世代 EV の実用化を加速するためには、以下の対策が有効です。

低周波電磁ノイズ干渉への対策

  • 基板上へのノイズフィルタ回路の追加
  • ノイズキャンセリング機能の実装
  • 機器やケーブルでの電磁シールドの強化

周囲漏洩磁界への対策

  • 受電コイルの形状の最適化
  • 車両内の磁気シールドの強化

車載機器 EMC 規格の対象範囲拡大への対策

  • 高周波領域での EMC 対策と試験によるノイズ測定(および、測定結果に基づく追加のノイズ対策)

電磁界解析の有効性

これらの対策の中でも、電磁シールドは、低周波電磁ノイズと漏洩磁界の両方に対して有効な手段です。電磁シールドの効果を事前に評価するために、電磁界解析が重要な役割を果たします。

また、EMC 対策の範囲が拡大する中で、実測によるノイズ評価や設計変更を行う場合、多大な時間とコストがかかることが懸念されます。電磁界解析を活用することで、設計変更を反映したシミュレーションを事前に行い、ノイズ対策の効果を予測することが可能です。これにより、試作回数を削減し、開発工数とコストを大幅に削減できます。

CST Studio Suite による電磁界解析事例

ここからは、電磁界解析ソフトウェア CST Studio Suite を用いた、低周波磁界漏洩対策と EMC 規格の周波数範囲拡大への対策事例をご紹介します。

低周波の磁界漏洩対策の解析

低周波の磁界を遮蔽するためには、アルミニウムなどの導電材料(非磁性体)ではなく、鉄などの磁性材料を使用した「磁気シールド」が有効です。

インバータ回路基板は、パワー半導体の高速スイッチングによってノイズを発生させます。このノイズを遮蔽するために、基板全体を金属筐体で覆うことが一般的です。

CST Studio Suite を用いることで、インバータから発生する低周波の電磁波が、金属筐体によってどの程度遮蔽されるかをシミュレーションできます。

解析事例:アルミニウムと鉄をそれぞれ用いた金属筐体のシールド効果を比較した解析結果

コンター図
筐体外への磁界の漏れを磁界強度で表示。周波数が低いほど、アルミニウム筐体では磁界が漏れやすいのに対し、鉄筐体では漏れが少ないことが確認できます。

グラフ
筐体の内外の電界強度と磁界強度を比較。赤色のプロットが筐体の内部、緑色のプロットが筐体の外部での値を示しています。

電界強度には大きな差が見られないものの、磁界強度では低周波領域において、鉄筐体の方が優れたシールド効果を発揮することがわかります。

これらの解析結果から、CST Studio Suite を用いることで、磁性材料である鉄の筐体が低周波磁界の遮蔽に有効であることが定量的に確認できます。

EMC 規格の周波数範囲拡大への対策

EMC 規格への適合性を評価するためには、対象となる周波数範囲における電界強度のスペクトラム情報を取得し、規格の制限値と比較する必要があります。

CST Studio Suite は、高速伝送用回路などのモデルに対して電磁界解析を実行し、回路基板やケーブルから放射される電磁波の電界強度を広い周波数レンジで表示することができます。

課題
一般的な電磁界解析手法である有限要素法(FEM)を用いた周波数領域ソルバーは、解析対象の周波数範囲が広がると、解析時間が著しく増加する傾向があります。特に、高周波領域ではこの傾向が顕著です。

解決策
CST Studio Suite は、FEM を用いた周波数領域ソルバーに加えて、FIT/TLM(Finite Integration Technique/Transmission Line Matrix)を用いた時間領域ソルバーもサポートしています。時間領域ソルバーは、高周波領域の解析において、周波数領域ソルバーよりも高速に解析を実行できるという利点があります。

CST Studio Suite では、解析対象の周波数に応じてソルバーを使い分けることで、効率的な電磁界解析が可能です。例えば、低周波領域の解析には周波数領域ソルバーを、高周波領域の解析には時間領域ソルバーを使用するといった使い分けができます。

FEM/周波数領域ソルバーと TLM/時間領域ソルバーの解析時間を比較した結果、TLM/時間領域ソルバーを使用することで、解析時間を 1/4 程度に短縮できることが確認できました。

CST STUDIO SUITEとは?

次世代 EV の開発においては、低周波電磁ノイズ対策、周囲漏洩磁界からの人体防護、EMC 規制強化への対応が重要な課題となります。

これらの課題を解決するためには、低周波漏洩磁界の抑制と、より高い周波数領域での EMC 対策が不可欠であり、磁気シールドの効果や EMC 対策の効果を事前に評価することが重要です。電磁界解析ソフトウェアは、これらの評価を行うための非常に有効なツールとなります。

今回解析に使用したCST Studio Suite は、用途に応じて最適なソルバーを選択して使用できるため、効率的な電磁界解析が可能です。CST Studio Suite は、世界の主要なテクノロジー企業やエンジニアリング企業で広く使用されている、電磁界解析のトータルソリューションです。

CST STUDIO SUITEの電磁界解析を加速するインフラストラクチャ

CST Studio Suite の高度な解析能力を最大限に引き出すためには、NVIDIA GPU の並列処理を活用できる高性能なハードウェアインフラストラクチャが不可欠です。主要なハードウェアベンダーである HP、Lenovo、DELL は、CST Studio Suite の利用に最適化されたワークステーションを提供しています。

日本HP

複数の高性能 NVIDIA GPU を搭載可能で、CPU と GPU 間の高速データ転送を実現する「Z シリーズ」ワークステーションは、複雑な電磁界解析において優れた並列処理能力を発揮し、計算時間を大幅に短縮します。

Lenovo

NVIDIA のプロフェッショナル GPU を複数搭載できる拡張性を備え、高い冷却性能と安定した電源供給により GPU のポテンシャルを最大限に引き出す「ThinkStation P シリーズ」は、効率的な並列計算をサポートします。

DELL

高性能な NVIDIA GPU を複数サポートし、柔軟な構成オプションを提供する「Precision シリーズ」ワークステーションは、解析ニーズや予算に応じた最適なシステム構築を可能にし、安定した解析環境を実現します。

NVIDIA

これらの高性能ワークステーションは、いずれも NVIDIA GPU の並列処理能力を活用し、CST Studio Suite による電磁界解析を高速化することで、開発効率の向上に貢献します。

おわりに

アルゴグラフィックスは、30 年以上にわたるダッソー・システムズ製品の取り扱い経験と実績に基づき、CST Studio Suite の導入から活用までをトータルでサポートします。

  • 豊富な導入実績:長年の経験で培ったノウハウを基に、さまざまな規模・業種の企業への CST Studio Suite 導入を支援しています。
  • 最適なインフラの提供: NVIDIA GPU の並列処理能力を最大限に活用できるハードウェアを含め、CST Studio Suite の利用に最適なインフラをトータルで提供します。
  • 手厚いサポート体制:実製品を用いた実践的なトレーニングや、お客様の状況に合わせた導入支援により、CST Studio Suite のスムーズな立ち上げと全社展開を支援します。

アルゴグラフィックスは、CST Studio Suite と最適なインフラの組み合わせ、そして充実した導入支援により、次世代 EV 開発における電磁界解析の効率化を強力にバックアップします。

次世代 EV 開発に関するご相談は、ぜひアルゴグラフィックスまでお気軽にお問い合わせください。

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