2025.12.08

A-SPICE準拠/ISO 26262対応に必須!SDVにおける要求からテストまでを統合するIBM ELM(Engineering Lifecycle Management)

長きにわたり自動車業界を支援してきたアルゴグラフィックスが、ソフトウェア・システム開発(ALM)という新たな領域に進出します。

今、自動車開発はCASEやSDVの波により、かつてない複雑さに直面しています。技術革新が加速する一方で、機能安全規格であるISO 26262や、その開発プロセスの品質基準であるA-SPICEへの厳格な準拠が必要不可欠です。従来のExcelやメールでのやり方や経験に基づく属人的な開発管理手法のままでは対応は難しいため、「デジタルプロセス」への根本的な転換が急務です。

本記事では、この複雑な課題に対応するアプリケーション ライフサイクル管理(ALM)という考え方と、それを実現するIBMのELMソリューションを紹介。いかにして要求管理から設計、開発、テストまでを統合し、開発の競争力と品質を両立させるのかを、具体的なツール機能と導入シナリオを通じて、詳細に解説します。

サプライチェーン全体に課せられる規格適合要件

今日の自動車開発は、電子制御部品の増加、CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)やSDV(Software-Defined Vehicle)の進展に伴い、製品の重心が「メカニカルにつながるモノづくり」から「ソフトウェアがつなぐモノづくり」へと移行しています。これにより、開発されるソフトウェアの安全性と信頼性が、自動車の安全と品質に直結するようになっています。

この変革に伴い、機能安全規格であるISO 26262(機能安全の管理と実現)で求められる安全要求達成のためにソフトウェア開発プロセスの成熟が不可欠であり、Automotive SPICE®(A-SPICE / プロセス品質の確保)に対する要求は、極めて厳格化しています。

特に、A-SPICEへの適合は、OEMからTier 1への取引要件に留まらず、ECU内部の組み込みソフトウェアを開発するTier 2以下のサプライヤー、さらには自動車産業に新たに参入するソフトウェア開発企業に至るまで、サプライチェーン全体に課せられる必須の要件となっています。

A-SPICEが要求する「継続的なプロセス改善」や「厳格な証跡管理」は、従来の経験に基づく属人的なルール主体の開発管理手法では、品質担保が不可能です。すべてのプロセスを文書化し、変更履歴や様々な証跡を関連付け・管理する「デジタルプロセス」への根本的なパラダイムシフトが、企業に緊急の課題として突きつけられているのです。 しかし、多くの企業ではこの「デジタルプロセス」への移行に際し、組織構造、部門間の分断、旧来のツール運用などに起因する、深刻な壁に直面しています。

開発現場が抱える5つの「壁」

現在の製品開発・システム開発のやり方から「デジタルプロセス」への移行には、いくつかの課題があります。これらの課題は以下の5つの「壁」に整理できます。

1. 規格対応と証跡の壁

ISO 26262のための、A-SPICEへの対応を進める中で、「何が不足しているのか、何が必要なのかわからない」という課題があります。また、顧客に活動の取り組み状況の報告が必要であり、その説明責任の根拠となる証跡を管理することが行き届いていません。

2. トレーサビリティの断絶と手戻りの壁

工程毎に必要な情報があちこちに分散し、適切な情報を見つけられず抜け漏れが発生。結果として、後工程で不備が見つかり、原因調査でも情報を見つけられず抜け漏れが発生し、不十分な対策で、再び不備が見つかる悪循環に陥り、時間とコストを浪費します
情報確認に抜け漏れ → 設計時に抜け漏れ → 不具合 → 原因調査 → 再発 → 時間とコストの浪費

3. 組織・知識の属人化の壁

業務プロセスが、経験に基づくルールが主体で開発の進め方やノウハウが人に依存し、実施内容の意図が分からず、品質悪化の原因になることがあります。また、人に依存した情報共有のため、異なる情報を基にチームが作業し、認識齟齬が生じやすくなります。

4.流用開発の壁

流用開発は効率化・品質向上といったメリットをもたらす一方で、開発者が流用元と流用先との間の変更点だけに集中し、流用部分を放置することで、トレーサビリティの断絶など品質保証・認証上のリスクを生んでしまいます。

5. 先行開発と量産開発の壁

システムエンジニアリング活動や先行段階の開発は、標準化されたプロセスでは実行されずCut & Try(試行錯誤)の繰り返しとなります。このまま大規模開発に適用しようとすると、管理が追いつかず形骸化するリスクがあります。

ALM(アプリケーション ライフサイクル管理)とは?ELMとの関係

こうした従来の製品開発における「壁」を乗り越え、「デジタルプロセス」への移行のために必要な実行環境を提供するのが、ALMです。

ALMとは、アプリケーションライフサイクル管理=Application Lifecycle Managementの略称。ソフトウェア開発における要求分析、設計、開発、テスト、デプロイ、保守までの全工程を管理するプロセスおよび手法の総称です。主にソフトウェア開発に焦点を当てており、ソフトウェアのライフサイクル全体を可視化・管理することを目的としています。またソフトウェア開発という物理的な実体がないものを管理することから拡張し、より上位のシステム開発のレイヤーでもライフサイクル全体を可視化・管理することが可能です。

ALMは概念的な枠組みであり、この概念的なフレームワークを実現するための具体的な製品群が、IBM ELM(Engineering Lifecycle Management)ソリューションです。

ELMは、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアや電気・電子部品なども含め、より複雑な「システム開発」にも適用可能です。自動車や航空宇宙といった、ハードウェアとソフトウェアが密接に関わる製品を開発する製造業を主なターゲットとしています。

IBM ELMは、旧RationalおよびCLM(Collaborative Lifecycle Management)という製品が名称変更されたもので、複数のIBM製品で構成されています。

IBM ELMは、各製品の機能により、前述の5つの「壁」を突破することができます。

1. 規格対応と証跡の壁

「何が不足しているのか、何が必要なのかわからない」という課題がISO 26262、A-SPICE対応を進める中で壁にぶつかります。また、顧客に活動の取り組み状況の報告が必要になります。

IBM ELMでは、説明の根拠となる証跡を書き起こし保存できます。また証跡自体の数が多くても、証跡の版管理、根拠と証跡の組み合わせの継続的なメンテナンスをすることも容易です。

2. トレーサビリティの断絶と手戻りの壁

工程毎に必要な情報があちこちに分散し、探すのに時間がかかります。

IBM ELMでは、必要な情報を探すことが可能になります。見落としによる抜け漏れ、間違ったデータを参照することがなくなります。

3. 組織・知識の属人化の壁

開発の進め方やノウハウが個人の経験に基づくルールのまま、部門全体の業務プロセスとなっており、プロセスの目的が分からない、手順に必然性がないことがあり、期待したプロセス実施にならず、不具合の原因になることがあります。

IBM ELMでは情報共有の仕組みづくりを支援し、同じチームで同じ情報で作業することで期待した成果を得やすくなります。

4. 流用開発の壁

流用開発は効率化・品質向上といったメリットをもたらす一方で、顧客からは短納期が求められ、開発者が流用元と流用先との間の変更点だけに集中してしまい、流用部分にまで手が回らないことがあります。

IBM ELMでは流用部分での影響分析の抜け漏れ、トレーサビリティの断絶の確認、メンテナンスを容易にし、品質保証・認証上のリスクを低減できます。

5. 先行開発と量産開発の壁

システムエンジニアリング活動や先行段階の開発では、量産開発で使う標準化されたプロセスでは実行されずCut & Try(試行錯誤)の繰り返しでの開発となります。

IBM ELMならば、開発手法の違いに合わせたテーラリングが容易になり、プロセスを実用的に管理することができます。

ELMソリューションを構成するツールと、開発現場が抱える5つの「壁」の対応関係は、下表のようになります。

IBM ELMソリューション:ライフサイクルを統合する各製品の詳細と導入シナリオ

IBM ELM (Engineering Lifecycle Management)ソリューションは、製品・システム開発のライフサイクル全体を統合的に管理するための一連のツール群です。

1. プロセスの統合と管理機能

開発プロセスで分断されがちな要求管理、設計、開発、テストなどの各フェーズの情報を可視化します。これにより、トレーサビリティ(追跡可能性)とコラボレーション(協調作業)を標準機能として実現し、プロセス全体の整合性を保ちます。

2. オープンな連携性

ELMソリューションの各製品は、IBM、Siemens、Boeingなど80社超が策定したOSLC(Open Services for Lifecycle Collaboration)というオープンな仕様に基づいています。これにより、例えば要求管理ツールであるDOORS Nextで管理している要求を、異なるベンダーのドメイン固有ツールともシームレスにデータ連携し、トレーサビリティを確立できます。

3. スケーラビリティと導入効果

ELMは高いスケーラビリティを持ち、自動車一台まるごとの、膨大なシステム・ソフトウェア開発の情報を容易に管理可能です。

このソリューションを導入することで、開発ライフサイクルの各段階の課題が解決し、ALM(Application Lifecycle Management)の考え方に基づいた統合的な「デジタルプロセス」が実現します。

ここからは、IBM ELMソリューションの主要製品と、それぞれの役割と活用効果を解説します。

A:要求管理を担うDOORS Next

DOORS Next(IBM Engineering Requirements Management DOORS Next)は、「要求管理」「トレーサビリティ管理」を実施するツールです。要求単位で一意なIDを付与し、章立て構成で要求本文、属性情報、トレース、履歴を一元管理することで、開発の上流工程から品質とトレーサビリティを担保します。

  • 業界標準としての実績:30年以上にわたり要求管理という分野で最も長く利用されている商用ツールです。航空宇宙、防衛、自動車、鉄道、医療など「安全・規制作業の標準」として使われ続けています。
  • 多層的なトレーサビリティ管理:要求と要求の間にリンクを作成し、客先要求からシステム要求、システム仕様へと繋がる要求階層間のトレーサビリティを管理します。さらに、後述のEWMの作業(ワークアイテム)やETMのテストケースとリンクさせることで、要求以外とのトレーサビリティも管理可能です。
  • バージョン管理と影響分析:任意のタイミングでベースラインを作成し、その時点の要求情報を保持します。要求が変更された際、関連項目への影響有無を示す確認フラグ(有効/無効)が自動で変更され、変更影響範囲の特定を容易にします。
  • 網羅性確認:リンクの有無情報を元に、下位要求やテストケースに関連付けられていない要求をフィルタリングでき、要求の抜け漏れ(カバレッジ不足)を特定できます。

B:プロジェクト管理を担う EWM

EWM(IBM Engineering Workflow Management)は、「進捗管理」「作業管理」「コミュニケーション管理」「ファイル管理」を実施するツールです。作業や課題をワークアイテムという単位で管理し、プロジェクト計画、ファイル管理、コミュニケーションを統合します。

  • 柔軟なワークフローと作業管理:作業や課題に応じてワークアイテムの種類(タスク、障害、変更依頼、課題、工程、マイルストーンなど)を任意に作成できます。種類ごとにワークフロー(状態遷移)が定義でき、進捗管理に活用されます。ワークアイテム内でメッセージのやり取りが可能で、メッセージはすべて保持されます。
  • 計画と進捗の可視化計画ビューでは、ワークアイテムを一覧表示し、ツリー表示グルーピングカンバン表示など、カスタマイズ可能なビューでプロジェクト状況を可視化・編集可能です。これにより、作業の進捗ステータス実施内容を登録・共有し、プロセスが正しく実行されていることを管理可能です。
  • 成果物の構成管理とバージョン管理:ソースコードや任意のファイルの構成情報を管理し、ファイル単位でバージョン管理が可能です。任意のタイミングでベースラインを作成し、その時点の構成情報を保持します。また、GitやGitLabなどのソースコード管理ツールと連携することも可能です。
  • 成果物との紐づけ:ワークアイテムは、成果物、要求(DOORS Next)、テストケース(ETM)とリンクを作成でき、トレーサビリティを管理可能です。

C:テスト管理を担う ETM

ETM(IBM Engineering Test Management)は、「テストケース管理」「テスト結果管理」を実施するツールです。テストケースやテスト実行結果など、検証活動の情報を一元管理および可視化します。

  • テスト設計の定義テストケースでは、テストするための条件、手順、入力、期待される結果を定義します。テストスクリプトでは、実行内容をステップ単位で定義でき、テスト実行時の結果をステップ単位で記録できます。
  • 検証の証拠:テスト実行指示ごとに、テストケースおよびテストステップ単位で検証活動のOK/NGの記録およびテストログを登録できます。
  • 要求との連携:テストケースは、DOORS Nextの要求とリンク付けが可能であり、要求からテストケースおよびテスト結果を確認することが可能です。

D:統合構成管理(GCM)によるドメイン間の連携

統合された構成管理を担う機能GCM(Global Configuration Management)は、DOORS Next、EWM、ETMのベースラインを統合し、複雑な製品開発における構成管理、バージョン管理、派生管理を支援します。

  • 構成品目の定義:DOORS Next(要求)、EWM(ソースコード、ファイル)、ETM(テストケース)の管理機能を組み合わせて構成品目を定義することによって、OSLCに準拠するツールおよびドメイン(ソフトウェア・ハードウェア)を跨いだ構成管理が可能になります。
  • 統合ベースライン:ツールおよびドメインごとに作成したベースライン(特定の時点の成果物セット)を組み合わせて、製品全体のベースラインを作成・管理できます。

E:プロセス定義(MEC)による業務の標準化

プロセス定義の管理を担うMEC(IBM Engineering Lifecycle Optimization – Method Composer)は、プロジェクト管理のためのプロセスを定義・共有し、EWMの作業を関連付けさせるプロセス管理を支援します。

  • タスク・ロール・成果物の定義タスク(作業)、ロール(役割)、成果物を個別に定義し、それらを組み合わせてプロセスを構築します。
  • 知識の伝承と標準化:作成したプロセスはWebページとして公開可能であり、作業の流れや手順を明確化することで、業務の属人化を防ぎ、知識が伝承される仕組みを提供します。
  • EWMへの展開:MECで定義したプロセスは、EWMの作業(ワークアイテム)に連携可能であり、作業者はプロセス定義を参照しながら業務を進めることが可能になります。

先行開発と規格対応の両立

先行開発は、要件が不明確な段階からスタートするため、試行錯誤と反復的な仮説検証が必須です。この特性から、柔軟に開発を進めるアジャイル開発(スクラム)が最適ですが、自動車業界の厳格なプロセス標準A-SPICEとの両立が課題となります。IBM ELMソリューションは、この課題を解決します。

アジャイルの柔軟なプロセスを、A-SPICEで要求されるトレーサビリティや構成管理といった管理機能を駆使し、厳格な管理下で実行することで、柔軟な開発と高い品質の確保を両立させます。

ELM連携によるアジャイル開発(スクラム)の管理

アジャイル開発とは約1か月単位での小さな単位で計画・開発・検証・改善を繰り返すスプリントを定義し、開発を推進する開発手法です。ELMはこのアジャイルプロセスを規格対応レベルで活用可能です。

  1. 要求作成(DOORS Next)ビジネスニーズ(上位要求)やユーザーストーリーをDOORS Nextに登録し、要求間のトレース情報を作成できます。
  2. バックログと計画(EWM):EWMでプロダクト・バックログを作成し、DOORS Nextのストーリーと紐づけます。EWMのスプリントで実施対象を選定し、作業タスクに分解して担当者やスケジュールを設定可能です。
  3. トレーサビリティの確保:DOORS Nextのストーリー(要求)に対し、EWMの作業タスクやETMのテストケースをリンク付けし、要求の実装検証のトレーサビリティを確保します。
  4. ベースラインの確立:バックログセットアップや各スプリントの終了後、DOORS Nextの要求、EWMのファイル、ETMのテストケースのベースラインを作成することで、その時点のプロジェクト状態を保持できます。
  5. Cut & Tryの管理:システムエンジニアリング活動や先行開発でのCut & Tryプロセスも、EWMのワークアイテムとして計画・実行され、その実施した履歴中間成果物デジタルな記録として管理可能です。

規格適合と組織変革を確実にする導入・定着支援

アルゴグラフィックスでは、お客様の「デジタルプロセス」化、その先の継続的な改善による開発競争力強化という目標達成の伴走者として、包括的なサービスを提供しています。

簡易アセスメントと改善へのロードマップ

導入の初期段階において、A-SPICE簡易アセスメントサービスを提供しています。

  • 現状把握:A-SPICEの各基本プラクティスが達成できているかを「チェック項目」で確認し、4段階で評価します。
  • 報告資料の提供:評価結果を基に、規格対応の取組み状況をお客様に説明するための品質管理計画書開発プロセス定義書EWM実装計画書などの成果物を提供します。
  • 活用:活動前と活動後に実施することで、規格に対応した運用プロセスにより定義から実施までの一貫性を保持し、継続的なプロセス改善活動資料として活用できます。

ツール導入と定着に向けた伴走支援

アセスメント結果に基づき、以下の包括的な支援を提供します。

  • 導入・環境構築支援:導入展開の計画策定、環境構築、製品導入、各種テンプレート作成と実装を支援します。
  • 各種トレーニング:スペシャリストの育成、ユーザー教育、操作トレーニングを提供します。
  • 運用支援サービス:運用ルールの策定、操作/運用マニュアル(ユーザーガイド)を作成し、ELMの現場への定着を支援します。

まとめ

IBM ELMソリューションは、「デジタルプロセス」化によって、お客様のA-SPICE準拠、ISO 26262対応、課題を解決し、仕事のやり方をデジタル空間へシフトさせるための確かな基盤です。IBM ELMソリューションを通じて協調的な開発を促進することで、お客様の開発競争力を飛躍的に向上させます。

開発体制において、どこに課題があり、ELMのどの機能がもっとも効果を発揮するのかを明確にするためには、現状のプロセスを可視化することが不可欠です。

まずはアルゴグラフィックスの「A-SPICE簡易アセスメントサービス」をご活用ください。規格対応の課題を明確化し、最適なALM導入を起点とした、継続的な改善による開発競争力強化のロードマップをご提案します。

アルゴグラフィックスは、DXソリューションで培った製品開発の知見と実績を活かし、ALM領域にも展開を拡大。メカとソフトの両面から開発プロセスを統合的に支援できることが、当社の最大の強みです。

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